【コラム】社会と環境について思うこと(2)郷土の景観と土地のものがたり

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『川越百景』表紙

『川越百景』という本をご存じでしょうか。

 「歴史と自然が息衝く街川越」という副題が付されたこの本は、川越市都市景観課の発行によるもの。百景は、川越市制90周年を記念して市民公募により選定されたものです。

 百景の内訳は、旧市街地53か所と郊外47か所。代表的なものとしては、蔵造りの町並み、喜多院、川越氷川神社などがあげられます。

 私は、百景すべての踏破を目指して、今まで知らなかった場所や未訪問だった郊外の残る計23か所を訪れようと、この本を頼りに市内の東西南北あちらこちらを、自転車に乗って延べ8日間巡ってみました。

 郊外の訪問先では、何人かの方との偶然の出会いがありました。そして、にわかに意気投合して、それぞれの興味深い「土地のものがたり」を聞くことができました。

 そのいくつかを、次に挙げてみましょう。

・桑畑が広がっていた時代の養蚕の作業風景の話

・牛を代掻き(田おこし)に使っていたときの伝統農具の話

・狭山茶の元となった「河越茶」の話

・農家の長屋門の構造と屋根の葺き替えの話

・丘の上の神社からの湧き水が流れ込んでいる農業用水路の改修の話

・洪水との闘いや蛇行していた河川の大掛かりな河道変更工事と村落生活への影響の話

・沼の堤に地元の人々が桜を植えた頃の話

・河越館を囲んでいた長い土塁の一部が近年整地され、なくなってしまった話

・地元の小さな祠を守ってきた歳月の話

・古墳の一角に建てられていた民家のその後の話

・東京赤坂の日枝神社の本社は、実は川越にある日枝神社。その神社は上戸の日枝神社か小仙波の日枝神社か、という話。

などなどです。

 郊外の景観サイクリングでは、遠く見晴るかす川越の「大地」が感じられました。その中には、自然の景である森林、雑木林、大小の河川・用水路、水田、畑地、あぜ道などのほか、点在する大小の神社や寺院、往時の雰囲気を伝える集落、さらに新興の住宅群、工場、商店、学校、集会所、道路、橋などがあります。このように、変化に富む地形、地勢、土地利用、様々なインフラストラクチャーなどを実見し、いろいろと風物の変化を楽しむ機会となりました。

 「自然」という言葉の意味を、人間の力が入っていない状態、という風にとらえると、海や原始林・原生林のない川越では、純粋な意味での自然はほとんど存在していない、と言えるでしょう。現代の自然は、実に人間活動との関係性の中で存在していることを改めて実感します。

 また、それぞれの風景の底には先人たちによる生活の営みや郷土づくりが目には見えない形で積み重なっていることを見逃してはなりません。上述のように往時は川筋が激しく蛇行し、洪水の危険に見舞われていたものが、河川の整備事業により現在の川筋に変わってきていることや、美しい田んぼ風景の背後には土地改良など圃場整備の歴史があったことなど、先人の努力を認識したいものです。

 そうすれば、自然の風景の見え方も、また、ひと味違ったものになっていくのではないでしょうか。

緑の保全に関してここで触れておきたいことがあります。それは、多くの神社では、往古から鎮守の森として永年、緑が大切に保たれてきたことです。

 今回、目的の神社を探すときに、遠くの風景を眺めてみて、高い樹木がまとまって見える地点を目印に進むと、その神社が見つかったということが何回かありました。わが国は瑞穂の国と称され、自然の恵みに感謝してきた人々により緑が大切にされ、守られてきたのです。

 あわせて地域を支えてきた人々の日々の暮らしを想い、生活と人生の記録が伝承されていくことの大切さも再確認していきたいと思います。

 ぜひとも、大人も子どもも機会を見つけて、郷土川越の多くの風景にじかに触れ、見つめ、その価値を知り、感じ、そして語り伝えていくことによって、良好な環境を次の世代へとつなげていきたいものです。

(社会環境部会 中村正幸)

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長い参道と鎮守の森